里山の暮らしを 紡いでいく
SU Interview vol.01
これからのものづくりや心地よい働き方、豊かな暮らしについて、代表の今井久志が対話からヒントを探る連載。第1回目のゲストは、甲州市で98WINEsを運営するワイン醸造家の平山繁之さんです。屋号の「98」に込められているのは、さまざまなものと結びつくことで不完全な98が100にも200にもなれると信じる思い。60歳で独立した平山さんはこれまでどんなものに出会い、何を大切に生きてきたのか。二人の話に耳を傾けてみましょう。
平山繁之
1958年、神奈川県横浜市生まれ。ワイン醸造家・98WINEs合同会社代表。フランスの美術学校で美術を学んだ後、1981年から2007年までメルシャンにて醸造、品質管理、製品開発を行う。同社退社後は勝沼醸造で専務、副社長を歴任。2017年に独立後、98WINEs合同会社を立ち上げ、現在に至る。
お互いさまの感覚を大事にしたい
今井 眺めがいい場所ですね。なぜこの場所を選ばれたんですか?
平山繁之さん(以下、平山) 富士山を望むこの景観ですね。僕のベースは勝沼にあったので、実は勝沼で場所を提供してくれる方が元々いたんですよ。そちらの小さな古民家を改装して、当初は設計士も入れずに自分でやろうとしていましたが、この景色を見て場所を急遽変えることにしました。富士山にそぐう建物にしたいと思い設計士を探す中で、自宅から一番近い設計事務所の坂野由美子さんに出会い、ワイナリーを新築し、その後ブルワリーから宿までお願いすることになりました。
今井 石と鉄、木とサボテン。異質な素材の並びと、斜面と建築の関係性が面白いですね。平山さんの仕事に対する姿勢についても伺いたいです。
平山 基本的に会社自体のスタンスというのは決めてないんですよ。ただ、向かっていく方向や思想は、お客さんと話しながら、お客さんに言っているフリをして社員にも聞こえるように説明していますね。それを何回も繰り返します。あとはもう自由で、打ち合わせも会議も一切しません。好きに働いてもらっています。
今井 先ほどワインのつくり方を教えてもらいましたが、すごくシンプルじゃないですか。年によって違うということは、ぶどうの出来にワインの出来が思いっきり左右されるということですよね。畑もこの辺りにあるんですか?
平山 周辺にいくつかあって、同じ品種なので同じ場所にはつくっていないんですよ。場所を変えることで仕事を数日ずらすことができるからです。ここを始めて8年経ち畑の良し悪しもわかってきたので、いい畑を地元の方に譲っています。
今井 譲るんですか? それはなぜですか?
平山 畑を譲った方が生産して、そこから買えばお金が回りますよね。僕たちよりも栽培の教育は済んでいる人たちが多くて、設備まで持っているんですよ。そうすると設備投資がいらないですよね。
今井 生産者からすると、ぜひうちで買ってほしいということでつくっているということですか?
平山 基本的には生産者に任せたいので、そこも自由です。もっと高い金額で買ってくれるバイヤーがいたらそちらに売っても構わないです。ただ、うちが苗木を植えて育てた畑を譲って、別の会社が500円高く買ってくれるからそちらに売ります、と言ってくる人はいないはずだと僕は信じています。ビジネスという言葉は大事ですけれど、義理と人情のようなものはそのさらに上にあると思っていて。お互いさまの感覚ですね。長く続けていく意味では、僕はお互いさまと思うことの方が大切だと考えています。
今井 それだけ素材に依存するようなつくり方ということは、畑づくりにもずっとコミットしてきたんですか?
平山 畑はつくっていないですね。維持はするけれども、この品質だったらどこで植えても大丈夫だろうという場所を選んでいます。その場所のものがいいので、なるべく肥料は入れたくないんですよ。
今井 余計なものは加えないということですね。
平山 はい。搾りかすを発酵させて畑に戻す循環くらいですね。収穫数を増やすことを目的とすると、肥料を多く入れたがりますけど、抑えましょうと。そうすれば農薬も少なくて済みます。
ワインには、酒石酸というぶどうにしかない酸があります。酸というのは殺菌作用も強いんですね。だから、ある意味品質が安定するんです。技術が要らないので世界中にあるんですよ。畑が違うと味が変わって当たり前で、その年ごとに味が違っても構わないと考えています。技術ではなくて場所だから、というのが芯にある考え方です。だからなるべくつくり込まない。菌を含めてです。日本酒などの場合は、技術を持つ人がよりよい場所に動いていき、技術があるから産地になっていく。ワインの場合はいいぶどうがあるから産地になっていくんですよね。
うちのワインは、飲んだあとに「ちょっとホッとした」と誰もに思ってもらえるような自然を感じられるものを目指しています。自然派ワインという分類がある中で、うちは自然派とは違うと考えていて、それは僕の意思を入れていないからです。
今井 意思とはどういうことですか? 自然というものをどう捉えているか聞きたいです。
平山 自然というのは人の意思が入っていなくて止められないんです。山の葉っぱもそうですし、富士山がいまは見えるけどすぐに雲がかかったり。一瞬一瞬動いていますよね。都会の人にとって重要なのは情報です。情報はつねに新しいものに更新しないといけなくて、新しいものを自ら取りに行く必要もある。そうして情報が心身に溜まっていった人たちにどうやってひと息ついてもらうか、というところを考えているんです。狙ってつくるよりも、毎日変化しながら止めないということが大事です。
そして、自然と都会を結んでいるところが里山だと僕は考えています。程よい人の関与がありますよね。僕たちが勝手に思い込んでいる宗教ではない神様がいて、その祠にお参りに行く人がいて、ワンカップが置いてあったりします。その辺りが自然への入口で、自然と人とのつながりをつくっていて、そんな里山を大事にしていく必要があると考えています。
今井 とてもおもしろいですね。そう思うようになったきっかけはあるんですか?
平山 その土地において、何もしなくてもその場所だから他よりも飛び抜けたものになっていることを僕たちは場所文化と呼んでいます。場所文化フォーラムという団体をつくって日本中を回らせてもらったときに、地方と都会の違いに山と川、海が関係していることに気づきました。つまり自然がすべて関係していて、地域らしさというのは必ず自然からきているんです。その自然を大切にすることが、地域らしさを続けていくことではないかと仲間と話していました。
里山では、当然木を切って切りっぱなしにはしてきませんでした。山を守りつなげていくことを大事にしていたはずです。現代になって、すべてお金に変えるために息苦しくなってしまった。立ち木所有という権利が山にはあり、枯れ木や落ちた枝、下に生えているきのこや山菜はみんなで共有しましょうという世界が里山にはあった。里山を学ぶことで豊かな日本が復活するのではないかという考え方が僕の根っこにはあります。元々山のそばに人が暮らしていたのは薪があるからですもんね。
今井 薪がエネルギーでしたね。
平山 自然はなくなっていないはずで、人間側が自然の方に介入しなくなっただけだと思っています。自然が持つものと我々の持つものをうまく共有する共同体がなくなってしまった。それは僕たちが個人主義になっているからどんどん離れているんです。そして昔は、自分たちの声よりも亡くなった人、つまり昔の人の声を聴いていました。山の神様の声に耳を傾けたからお祭りが生まれたんですよ。でもそのお祭りが減ってきている。なぜなら個人主義になってきたからです。だから自然が人間から遠のいています。
今井さんは、木こりとして山に入りながら自然をどのように考えていますか?
今井 僕自身は自然に合うものを利用して生きているので、大切にしたいという思いがずっとありますね。山林労働者だったときは、おじいちゃんたちと一緒に山に入ってよく昔話を聞いていたんですけど、里山の話はまさにそうでした。昔は山が本当にきれいだったと。落ち葉を掻き、枯れ枝は拾い、堆肥などに使っていて、山の視界が抜けていたみたいです。今から25年ほど前の話ですが、おじいちゃんたちはマムシを捕まえてその場で捌いて刺身で食え、と言いました。僕にはとても無理でしたが原始的でしたね。マムシを食べることが普通で、野蛮だとは思っていなかった。さらに話を聞くと、親父が中学生のときに戦争で死んで、できることが山の仕事しかなくてという感じで。彼らの自然に対する考え方というのは、エネルギーとか哲学や思いとか何もない。それしかないからそれをやっていた。僕から見るとある種崇高に見えましたね。
平山 都会では100%自然を感じられる場所がないんですよね。でも人間がバランスを取るためには自然が絶対必要なんですよ。都会で自然に近いものが、絵画や美術などのアートだと思っています。アートは都会で生まれて都会のオアシスになるという考え方です。地方で生まれるアートは民謡みたいな話で、フォークですよね。アートは都会の人のバランスを取っていますが、アートだけでは追いついていないと思っています。
今井 おもしろい考え方ですね。僕はいま、東京と山梨を行き来していて、都会が元々苦手な人間なので住むことは考えられませんでしたが、いまは半分以上は東京にいるんですよ。都会から帰ってくると山梨の自然の尊さがよくわかります。平山さんは、豊かさの概念をどうつくっていきたいと考えていますか?
平山 僕がやってみたいのは、残すべきものを残していくこと。それは自分の価値観でいいと思っていて、例えば潰れかかっている温泉街とか。本物というのはどこにでもあるわけじゃないので、残していった方がいいと純粋に思えるものを残したいですよね。今井さんはどうですか?
今井 北杜市に来た20年前といまを比べると人も減り、町も小さくなってどんどん廃れていっているんですよね。そういう意味での豊かさはなくなったと感じています。昔は、人との人とのつながりが豊かだったように思いますよね。部落の祭りで酔っ払って誰かが喧嘩して、それを周りが止めてて、結局笑い話になっているという関係の方が、都会のラグジュアリーよりもよっぽどいい。お金や情報がよりある方が豊かだと示されているところにいると、ますますそっちの方に魅力を感じるので、人と人とのつながりをもっと増やしていきたいですね。
甲州市塩山で甲州ブドウに特化したこだわりのワインを作るワイナリー。さらに、車で3分ほどの場所にブルワリー「98BEERs」を併設した森の中の宿「STAY366」も2022年に開業。
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98WINEs
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98BEERs
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